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こんにちは!

目代康二(もくだいこうじ)と言います。

僕は、サラリーマンとしてインターネット広告代理店に勤務しながら、個人ではインターネットマーケティングのコンサルティングを行ったり、投資メディアを運営したり、さらには投資家として活躍したり、幅広い分野にて活動しています。

今でこそ金銭的に自由な状態となり、自由な人生を送ることができるようになりましたが、そこに至るまでには様々な苦難がありました。

まずは僕の「STORY」を知っていただけたら嬉しいです。

 

新卒で大手上場企業のグループ会社に就職

僕は多くの人と同じように、公立高校を卒業して大学に進学し、周りに歩調を合わせるように就職活動をしました。

そして、当時第一志望だった大手上場企業のグループ会社から内定をいただくことができたのです。

当時は第一志望への就職が決まったので「やったー!」と心を弾ませていましたが、いざ就職してみると、学生時代とのギャップに驚かされました。

「仕事が物足りない」

僕がサラリーマンを初めて最初に思ったことが、これでした。

幸い僕の就職した会社はホワイト企業だったんですが、あまりにもホワイトすぎて、仕事だけじゃ全然物足りなかったんですね。

「あれ?僕はこのまま定年まで会社のために働いて、そして死んでいくのか?」

こんなことを考えていました。

仕事に物足りなさを感じながらも、僕はとりあえず一生懸命仕事を続けました。

投資との出会い

入社3年目の頃ですね、当時付き合っていた彼女と別れた僕は、新しい出会いを求めて、街コンに参加したんですよ。

でも、その街コンはイケメンオラオラ系男子が牛耳っていて(笑)、僕みたいなヒヨッコ男子はその輪の中に入っていけず、会場の隅っこの方でぼーっと座っていたんです。

そうしたら、そこである方に話しかけられたんですね。

その方はあだ名が「がみちゃん」という方で、当時サラリーマンとして働きながら、色々なビジネスの勉強をされていた方でした。

そして、その方にある本を紹介されたんです。

それが「金持ち父さん貧乏父さん」という本ですね。

僕はその本を読んで、まじで衝撃を受けました。

「えっ、世の中にはこんな人もいるんだ!!!」と。

つまり、お金を稼ぐ方法は何も「サラリーマン」だけではなくて、他にも自営業や投資家、経営者の3つがあるということを知ったのです。

特に投資家と経営者はお金と時間が無限にある素晴らしい職業であるということを知りました。

単純だった僕は、「よし、投資家になってサラリーマンを辞めてやる!」と考えて、投資を始めることを決意したんですね。

不動産投資を始めようとするも
騙されそうになる

心に火がついた僕は、不動産投資を始めるべく、色々な不動産投資の本を読み漁ったりセミナーに参加して、とにかく情報収集をしました。

そして、「これだけ勉強すれば大丈夫」と思えるぐらい十分に不動産投資の知識がついたので、いよいよ実際に物件を探し始めたんです。

平日は不動産の新着情報をチェックして、土日は実際に現地まで物件を見にいく、こんな生活を続けていました。

そして、僕が不動産を探しはじめて3ヶ月が経った頃、ある不動産業者の営業マンと仲良くなって、色々な物件を紹介してもらえるようになりました。

ある時、その方から神奈川県相模原市にある一棟アパートの購入をすすめられたんです。

僕はその営業マンのことを信頼していましたが、一方でそのアパートは3500万円ぐらいしたので、購入には躊躇しました。

自分には購入していいのか判断がつかなかったので、僕は不動産投資家の集まりに参加して、このアパートを購入しても大丈夫なのか、相談してみたんですよ。

そしたら、「こんなアパート買っちゃだめだよ」と、プロの投資家さんに真っ向から否定されました。

たしかによくよく考えてみると、そのアパートの立地しているのは相模原市という賃貸需要が飽和している地域でしたし、利回りだってたしか9%ぐらいで、収支が全然合わなかったんですね。

そこで、僕はこのアパートをすすめてくれた営業マンに、購入見送りの電話をしたんですよ。

そうしたら、、今でも忘れません、こんなこと言われました。

僕:「すいません、知り合いの投資家さんに相談したら、このアパートは買わない方がいいと言われたんですけど、、。」
営業:「(いつも優しい口調なのが急変)えっ、それはつまり買うんですか、買わないんですか?」
僕:「いや、最初は買おうと思ったんですけど、よくよく考えると厳しいかなと思いまして、、。買わないです。」
営業:「あー、分かりましたよ(怒)。(ガチャン)

あんなに優しかった営業マンが、僕がアパートを購入しないという話をした瞬間、急に態度が悪くなりました。

この電話以来、その営業マンとは一切連絡を取っていません。

僕にとっては、この経験は結構なトラウマだったりします。

「不動産会社の営業は、所詮売ることしか考えていない」

この経験を通じて、社会の厳しさのようなものをヒシヒシと感じました。

この時僕が考えたこと、それは「自分一人のに力に頼って不動産投資を始めるのは難しいな」ということです。

当時の僕は、不動産投資を始めることに対して、大きな壁を感じていました。

恩師との出会い

そんな僕を救ってくれたのが、恩師との出会いです。

投資家の小林昌裕さん、そして書道家の坂本幸一先生です。

小林さんは今でこそTVや雑誌で話題の「副業アカデミー」の代表を務めるまでになっていますが、当時はまだ投資コンサルタントとして活動されていました。

そこで、小林さんから色々とアドバイスを頂戴して、不動産投資を進めていきました。

そして、坂本先生からは「目標」の大切さについて教わりました。

何のために投資をするのか、その根本が抜けていた僕は、坂本先生から人生について色々と教えていただきました。

余談ですが、坂本先生はあまり表には出てきませんが、かなりおすごい経営者の方です。

2人のメンターを見つけた僕は、どんどん活動を進め、そしていよいよ「その時」がやってきたのです。

不動産投資の開始

ついにです。

努力の甲斐があって、ついに僕は不動産投資を開始することができたのです!

最初に買ったのは小さなマンション一室でしたが、僕にとっては念願の不動産投資です。

今でも覚えています。

売買契約署に捺印する時を。

手の震えが止まらないww

そりゃそうですよね。

若干20代半ばにして4000万円ぐらいマンションを買うわけですから。

まさに人生を賭けた最大の挑戦だったわけです。

投資メディアの運営を開始

念願の不動産投資を開始した僕は、それからどんどん活動を進めました。

投資の分野で言えば、当時流行っていた「民泊」投資に挑戦しようとしてみたり、事業出資を始めてみたり、とにかく行動を続けました。

まあ、この当時挑戦した全ての投資は、失敗に終わりましたが。笑

投資以外にも、僕の投資の経験を発信するために、投資メディアの「サラリーマン投資の教科書」を立ち上げました。

そして、投資メディアの立ち上げをきっかけに、僕はインターネットマーケティングの世界にどんどん魅了されていくようになったのです。

人生最大の災難

投資がうまくいき始め、そして投資メディアの運営も順調に進み始めた頃、突然災難が起きました。

1つ目の災難が、父が健康診断でガンの宣告をされたことです。

これには家族全員が大慌て。

しかもステージ4の一歩手前で、すぐにでも手術をしないといけないことに。

まあ、最終的に手術は成功したのでよかったのですが。

そして、2つ目の災難が仕事です。

当時の僕は新卒で就職した会社で内勤勤務をしていましたが、突如別の営業会社に「出向」の辞令が出ました。

今までのほほーんと事務仕事をしていていたのが、突如自動車販売会社の営業マンになったのです。

これも相当キツかった。

理路整然としていた今までの仕事から、突如数字至上主義の営業の世界に放り込まれたのです。

マジでストレスが半端なかった。

そして極め付けが、実家が全焼火災で焼け落ちたこと。

そう、営業回りをしていたときに、突如親戚から電話がかかってきたんです。

「自宅が火事だってさ。でも、家族は避難しているそうよ」と。

その時は、家族が避難しているということを聞いていたので、大変驚きはしましたが、内心ホッとしました。

そして、仕事を切り上げて急いで実家に向かっている途中、警察署から連絡が入ったんです。

「父と兄は無事ですが、お母様が行方不明です。焼け跡に死体が見つかりました」

その瞬間、僕はわっと泣き崩れました。

まだ亡くなったのが母だと決まったわけではありませんでしたが、どう考えてもその線が濃厚じゃないですか。

なんでこんなことに。

僕らが何をしたって言うんだ。

僕は運命を呪いました。

、、2018年という年は、僕にとって忘れられない年となりました。

母の死をきっかけに、僕は精神的に不安定となり、しばらく仕事はお休みをいただきました。

心機一転、インターネット広告代理店に転職

2019年に入ると、さすがに事件から1年以上経ったので、事件のショックからだいぶ立ち直ることができました。

それに、自動車の営業の仕事にも慣れ、毎日楽しく仕事ができるようになっていました。

また、当時付き合っていた彼女とも結婚したので、これから幸せを掴み取ろうと考えていたんです。

当時の僕は、投資もやっていましたが、どちらかと言うと投資メディアの方に力を入れていて、ホームページのPV数がどんどん伸びていましたし、ちょうどメールマガジンも始めて、インターネットマーケティングの世界にどんどんハマっていたんですね。

そんな中、「自分の好きなことを仕事にしたい」と考え、インターネットマーケティングの会社に転職することを決意し、転職活動をスタートしました。

そして、ご縁があって、今働いているインターネットマーケティングの広告代理店に転職しました。

それが2019年11月です。

今まで営業の仕事だったので平日休みだったんですけど、それが土日休みになりましたし、有給休暇もかなり取りやすくなったので、これで奥さんとも予定を合わせて色々出かけられるなと思っていたんですよ。

でも、まさかこんなことが起きるなんて。。

突然の離婚

2019年7月、ある事件をきっかけに僕は元奥さんと離婚しました。

詳しいことはここでは書けませんが、信じられないような出来事が起きて、僕たちは離婚を余儀なくされたんです。

、、もうね、僕の心はズタボロですよ。

やっと2018年の事件から立ち直って、そして転職して、これから幸せを掴み取ろうとした矢先にこんなことが。。

正直、僕は女性不信になりました。

「サラリーマンを辞めて放浪の旅に出ようかな」

こんなことを本気で考えました。

当時の僕は不動産投資から十分な収入があったので、それも十分可能だったんですね。

 

僕は人生の目的とも言える存在をなくしてしまいました。

だから、

・人生とは?
・自分の生きる意味とは?
・自分が本当に求めているものは何か?

こんなことを色々と、本当に色々と考えました。

人生を一度リセットした

僕は、自分の人生について深く考え直しました。

この目代康二という人間は、この一度きりの人生で何を成し遂げたいのか、真剣に見つめ直しました。

色々な方と会ってお話を聞いたり、一人で旅行に出かけてみたり、自分探しをしばらく続けました。

そして出た結論が、

「いま自分にできることを精一杯やる」

ということでした。

僕は今まで投資からはじまりマーケティングに至るまで、実に様々な活動をしてきました。

その中で、僕が他の人よりも特に秀でているものがあるとすれば、それは「マーケティングスキル」だったんです。

だから、僕はそのマーケティングスキルを活かして、活動を始めることを決意しました。

今まで「投資家」として活動してきましたが、投資家としての存在は一旦リセットして、これからは「マーケティングのプロ」として人生をやり直すことに決めたんですね。

「マーケティングを知らない」
だだそれだけの理由で消えていくビジネスが多すぎる

僕が自分自身でマーケティングを行ったり、広告代理店で様々なクライアント様と接する中で感じること、それは

「『マーケティングを知らない。』ただそれだけの理由で消えていくビジネスが多すぎる」

ことです。

世の中には「いいモノを作れば自然と売れていく」と考えている人が多いですが、その考え方は間違っています。

はっきり言いましょう。

いくらいいモノを作っても、マーケティングが下手だったら、そのモノは誰にも知られることなく消えていきます。

反対に、大したモノではなくても、マーケティングが上手ければバカスカ売れていくんですね。

これ、おかしいと思いませんか?

歪んでいる。

「いいモノは自然と広まって売れていく」

こんな当たり前の世界を作りたいから、僕はマーケティングのプロとしてコンサル活動を始めることを決意しました。

 

僕は「お金」にものを言わせて広告費をガンガンかけまくるビジネスが好きではありません。

だって、広告費をかければ、そりゃ売れるに決まっているじゃないですか。

これじゃあ、結局広告費を出せる大企業しか生き残れなくなってしまいますね。

これは明らかにおかしい。

だから、僕は極力「広告費」をかけることなくマーケティングを行う手法を重視しています。

きちんとマーケティングの土台を整備して、そこから「加速装置」として広告費をかけるのが、正しい流れだと僕は考えています。

以上が、僕のマーケティングに対する思いです。

ちなみに、僕の得意とする領域は以下です。

全て「知識」だけではなく「経験・実績」を伴ったものになりますので、深いコンサルができると自負しています。

【対応可能領域】

・ホームページ制作
・SEO
・ブログ運営
・マーケティング戦略立案
・広告戦略立案
・ブランディング
・メルマガ運営
・WEBライティング
・コピーライティング・
・運用型広告の運用

僕の思い、STORYに共感していただける人がいたらとても嬉しいです。

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長文となりましたが、お読みいただいてありがとうございました。

目代康二

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